先日、イーノさんが某大学で講演した際、私はカメラマンとして同行をしました。
講演の中で、イーノさんが学生さんたちに「海外で働いてみたい人は手を挙げてください」と言った際、誰も手を挙げなかったことが少し印象に残りました。
もしかしたら恥ずかしくて手を挙げなかった学生さんもいらっしゃるとは思いますが、予想外ではありました。
私は、2015年4月から12月まで上海のローカルフォワーダーで働いていました。人事異動に伴い、それ以降は東京にある子会社で働くことになりやむを得ず日本に帰国しました。
上海での滞在期間は8ヶ月と短かったですが、今振り返ると自分の人生を変えた経験となりました。
上海で働くことになった経緯
まず経緯からお話しますと、上海で貿易会社を営んでいる父の友人の紹介でこの会社と出会いました。
それまで私は派遣社員としてコールセンターで働いていました。
小さい頃に中国語を叩き込まれたおかげで中国語はできていましたが、大学を卒業した頃はまだ中国語が重要視されていない上にリーマンショックの後だったこともあり、なかなか正社員として雇ってくれる会社がありませんでした。
将来への不安から海外勤務へ
27歳になった頃、非正規雇用として働き続けることに漠然とした不安を感じていました。そんな中、先述した父の友人が偶然家に遊びに来てくれ、その時に仕事の紹介の話をいただき、このチャンスに賭けることにしました。
この通り、元々海外で働くなんて私本人すら想像もつかなかったのです。
しかし国内にいては、私のような未経験者が正社員になることも難しい状況で、ある意味上海へ出稼ぎに行くような感覚でした。
カルチャーショックと仕事のプレッシャー
初めの3ヶ月は上海での生活に慣れず、よく一人で泣いていました。
「次こそお給料を貰ったら帰ろう」と常に考えていました。
いくら隣国だからといっても、大陸と島国では文化が全く違い、それを受け入れられませんでした。所謂、カルチャーショックという状況でした。
難しい異文化での勤務
私が働いていた上海のフォワーダーでは、日本と違ってOJTなどの教育がありません。入社して3日目にはテレアポをしたり、自分から先輩に質問をしたり、彼らの仕事を見て覚える事くらいしかできませんでした。
私はCS(カスタマーサービス)として配属され、営業から仕事が振られるのですが、最初は仕事が出来ない素人には仕事が来ず、社員からは挨拶すらもされませんでした。
試用期間は3ヶ月で、この期間に何かしらの成績を残せないと解雇される為、とてつもないプレッシャーだった事を覚えています。
最終的には、日本人の先輩のフォローのおかげもあって、何とか試用期間が終わり正式に雇用されとても嬉しかったことを覚えています。
しかし、中国の文化にはまだまだ馴染めず不満は蓄積していく一方でした。
考え方の転換
そんな中、上海に住む日本人たちと食事に行くことがありました。
そこで私は中国の悪口を吐き散らかしていたところ、とある日本人に「日本の常識は世界の非常識」と言われました。
頭にたらいが落ちてきたかのような衝撃の一言でした。
私は中国にいるのに日本人の感覚を中国人に押し付けようとしている矛盾に気付かされたのです。
「郷に入っては郷に従え」ということわざのように、それからは中国の文化や価値観に目を向けるよう努めました。
異国の文化を知るということ
例えば、仕事での評価基準は日本よりも厳しいです。営業は歩合制で、一定期間成績が出せなければ解雇されます。
内勤も、赤字を出せば給料から赤字分を天引きされたり最悪の場合即日解雇という厳しい会社でした。
逆に、社長と営業の距離が近く兄弟と呼び合ったり、営業を助手席に乗せて社長自らが運転してお客さん訪問に行くこともありました。
接待等で22時以降まで顧客と会っていた場合、事前に社長に報告しておけば、翌日の午前中は休んでもいいというルールがあったり、暑い日には社長が全員にアイスクリームを買ってきてくれたり和気あいあいな環境で、日本にはあまり見ない職場環境かと思います。
日常生活でも日本と違う部分を沢山見ることができました。
こうやって中国の文化やマナーを知る事で、日本という国を俯瞰的に見られるようにもなりました。
自己肯定感が高まる
上海の会社の社長は仕事熱心で、会社に貢献している社員には優しく協力的で、会社に損害を与える人には厳しい人でしたが、日本人CSにはとても優しかったのです。
私は、そんな社長から沢山のありがたい言葉をいただきました。
入社してすぐに言われた言葉
「僕たちは日本の商習慣を完全に理解していない。だから、君が良かれと思ったことはやってみろ。失敗しても会社は君を咎めない。それはただお客さんと相性が悪かっただけ。お客さんは君の個性に付いてくるのだから。」
顧客から仕事と関係ない電話が頻繁に来た時
「そのお客さんと仲良くなりたいなら僕は彼との雑談は止めない。でも、君が仕事の為に嫌々そんな電話に付き合っているなら対応しなくていい。それで取引がなくなっても会社は気にしない。
仕事が嫌になって君に辞められる方が会社にとって損失が大きいから。」
社長だけでなく、中国人社員たちからも
「山宮は毎日髪の毛を整えて化粧をしていて女子力が高い」、「日本人が作るエクセルは整っていて見やすい」など、日本人にとって普通なことが上海人にとっては凄いと思われるのです。
日本でなかなか就職できなく自己肯定感が下がっていた私は、彼らの言葉でだいぶ救われました。
得られたこと
先述の通り、私は8か月間だけ上海で過ごし、あとは東京にある子会社に配属されました。
日本の商習慣を知りつつ中国の商習慣を見てきたおかげで広い視野を持つことができ、なるべく固定観念に囚われないよう振る舞うことで柔軟に物事を考えられるようになったと思います。
また、中国で現地採用として働いた体験談は、顧客にとって印象に残ってもらえる会話のネタになりました。
他人と違う経験をすることで、“唯一無二の自分”というものを確立することができると思います。それが私にとっては、上海で働いた経験だったのだと思います。